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「日中介護交流プラットフォーム・オンラインセミナーVol.7」開催レポート

11月4日の19:00〜22:00、日中介護ビジネス交流プラットフォームのオンラインセミナー第7回目を開催しました。今回のテーマは、「最期まで自分らしく 〜人生の最終楽章をどう奏でるか〜」 です。

日本では、治療よりも介護施設や自宅で日常生活を優先して「看取り」を進めようという動きがあるものの、実際病院で亡くなられた方の数はそれほど減少していない。一方、中国は「高齢者の最後の人生の在り方」についての話題ということで、「死」はタブーであるだけに議論の意義こそ大きいと思いますが、特に中国側には参加の申込はこれまでと比べるとそれほど多くないと思っていました。結局、今までと劣らない申込がありました。今回も日本と中国の参加者が合計100名を超えました!

「最期まで自分らしく 〜人生の最終楽章をどう奏でるか〜」 と言うテーマですが、日本は近年価値観の変化や医療に依存せずに、病院ではなく生活の場で人生の最期を過ごす考え方が増えていると言います。一方、中国は昔から死については死は禁忌であり、死の話題に触れない、避けるという傾向が今も強いです。多くの高齢者が死と向き合わないまま、精神的にも身体的にも苦痛のままでこの世を去りました。

こうした背景の中で、今回のセミナーはあえて、このセンシティブな問題を前面に出し、日中の専門家の取り組みを紹介し、議論の場を提供しようという思いで企画しました。

セミナーは下記の通りに進行しました。

まずは、医療法人社団悠翔会理事長の佐々木淳先生よりご講演いただきました。

悠翔会は首都圏を中心に全17クリニックで、約6,400名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を展開しています。佐々木先生は「病状や老衰の進行により、医療によって改善が見込めない状況にあっても、その人の選択が尊重されること、そしてその人が望む場所で最期まで生活が継続できるよう支援すること。最期まで自宅で生活を継続した結果、その場所から旅立つ。この援助のプロセスの全体が看取りである」と常に発信されています。

(下記の写真は、セミナーの時に使用したスライドから一部抜粋したものです)

 

「かつての日本では、多くの方が病院ではなく自宅でなくなりました。1970年代の国民皆保険制度が始まってから、人生の最期は病院で治療を受けながら亡くなる人が8割に達しました。これは本当に良いのか?近年多くの人が疑問を感じるようになったのです」

「国の調査では、7割の人が自宅で最期を迎えたい、それは自宅で死にたいというのではなく、自宅で生活したいという希望です。しかし、現在でもそれを叶う人はわずか2割」

「在宅医療を通じて、高齢者が望む場所で最後まで生活を継続できて、生活の場で支援をするのがわれわれ在宅医療の使命と思います。定期的に診療して、最後はどうしたいのかを耳を傾けます。そして、人生の最期をどう過ごしたいのかを考えること、備えることが大切です」

二番目の講演者は、中国高齢者産業協会専門家委員会理事、上海市養老サービス業協会専門家委員会主任の殷志剛さんです。殷さんは、中国の高齢社会問題の名コメンテーターとして、長年上海市民政局所属の「上海市高齢科学研究センター」のトップ責任者を務め、高齢者問題を研究し、上海市の様々な高齢者政策立案に携わってきました。

「以下の主な四つの理由から、①中国の伝統文化の中で“死”の議論は禁忌②宗教信者は少ない③ “死”に対する教育は乏しい④“死”への準備は殆どしない。“死”の話題を避ける傾向が強い。ゆえに、死の“質”が決して高くないです」

「しかし、経済が発展し人々の意識も変わりつつあります。“子供に負担をかけたくない、過度な治療を受けたくない、尊厳のある最期でいたい”と考える高齢者が増えてきています。最近では、生前遺言や意思監護などの実践も始まりました」

「現在上海市全域で246カ所の地域の医療サービスセンターでは、100%『安寧療護センター』(ホスピス)を展開している。この中で家庭病床を利用した在宅医療もあります。

ボランティア団体が患者さんに対して心理ケアを行う活動があります。しかし、これらはあくまでも医療により緩和ケアが中心となっていて、佐々木先生がおっしゃったような生活を継続させる取り組みがまだありません。この分野の日本、台湾、香港などとの交流が非常に重要であると認識しています」。

三番目のゲストは、自称「看取り道先案内人」、「一般社団法人生活を支える看護師の会」の会長小林悦子さんです。小林さんは、特養を中心に看取りの実践や指導を行っている現場の事例を紹介してくださいました。

「制度が整っても、辛い看取りでは制度が広まらないです。医療で治らない時期を生きている人達を幸せにする、本人の力で生ききることができるなら、たくさんの知恵と工夫が必要です」

「そのため、必要なことは、家族を入れて職員と一緒にチームを作ります。早い時期から未来の生き方、生ききり方を計画し準備できる力を本人や家族に持ってもらうことが大切です」

「ご本人さんだけでなく、家族も後悔しない看取りが求められています。本人の望みがかなえて、生ききって死ぬことはみんなにとってハッピーなことで、“終わりよければすべてよし”と言います。施設でのエンゼルケアや告別会なども行い、入居者さんも一緒に参加されることにより、入居者さんには安心感を与えることができます」

「長寿国日本には、新しい看取り文化を普及させていきたいと思っています」

小林さん自身は、難病を患う息子さんを抱えて、お母さんがガンで病院でのスパゲッティ状態となった最後の日々など、ご自身が体験してきたこれまでの人生があったからこそ、今の活動の源にもなっているのではないかと思います。講演の中で出ていた看取った入居者さんの事例が多くの参加者に共感と感動を与えました。

セミナーのプログラムの最後である質疑応答の時間で、日中の参加者からそれぞれ、いろいろな質問をお受けしました。そこで、感じたのが、両国の制度と文化の違いがあるからこそ、このような問題が挙げられたのではないでしょうか。

例えば、中国側の参加者が「良い看取りを受けるために、事前に施設のベッドを確保できますか?」や、日本側からは、「中国の死へのタブーは昔からですか?」などのご質問です。そして、「日本では、障害者の看取りはどうなっていますか?」などの質問もありました。このような問題を解いていくのには、いかに双方の交流が重要だと強く感じました。

今回日中の参加者から2名の方の感想を紹介させていただきます。

株式会社小澤介護サービスの小澤怜太様より、

「殷先生が議論していた内容で、とりわけ心に残ったのが「死」ということに対する中国の方の感覚です。文化的に「死」に関する議論はタブーで、宗教観念は少なく、死に対する教育や準備がされていないということでした。これは日本でも似たような状況であったとは思います。最初にお話された日本の裕翔会の佐々木先生も、ご自身が訪問診療をはじめた15年前は「死」について話すことが難しかったと仰っていました。しかし、高齢化が進み、身近なところに死が訪れることが増えることで、こうした議論は避けられないということで、いまは「終活」ということが一種のブームになっているかと思います。

 日本では、最後に講演された小林先生が仰っていたように、「終わりよければすべてよし」などの世間的にも受け入れられていることわざを看取りにも取り入れることで、皆が「死」というものを受け入れやすくし、協力しながら、工夫しながら乗り越えようとしているところだと思います。中国でも、そのような民間での知恵や工夫を集めていくことが、皆で「死」を受け入れたり、議論したり、協力し合ったりするために重要になるのではないかと感じました」

そして、中国側の参加者王素燕様からは

「死は人生の一部です、どんな文化でも死は同じですが、その前には、国により、伝統文化と医療が大きく異なります。この交流で、佐々木先生より高齢者の身体的変化、介護の必要性、技術レベルと心理ケアのレベル、市場の需要と供給のギャップについて共有できました。日本と比べて、中国の高齢者の人生の最期についてどうデザインするのか考えさせることが多かったです。そして、小林先生のお話しの中で、介護施設の入居者さんの「ビールの物語」はとても感動的でした。ゲストや通訳の皆さんに感謝いたします。これからもこのような交流を続けてほしいと思います」

 

レポートの最後となりますが、中国では昔から「死」の話題に触れないことが依然として根強い中で、今回の中国側の参加者がほとんど若い人でした。このような勉強と交流の場を通じて、少しでも若い人材に良い影響を与えたら、このセミナーの意義があると思いました。

参加者の皆様はもちろんのこと、ゲストの殷さん、小林さん、悠翔会佐々木先生と鈴木さん、ほかのスタッフさんの多大なご協力いただいたおかげで、予定が2時間半、実質3時間となったのセミナーは大きな収穫を得ることができました。ありがとうございました。

日中共催のオンラインセミナーは今年でこれが最後となります。来年も継続してまいりますので、引き続きよろしくお願い致します。今年もありがとうございました!

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

 


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